『黄昏』
柏野晶。
これが俺の名前。ありふれた名前だと思うけど、今のところ同姓同名の人間にお目にかかったことはない。
因みに、18歳。高校進学を期に家を出たから、今は気ままな独り暮らし3年目。
そんな俺には、人と違った所が一ヶ所だけある。
それは……髪の色。
海に沈む直前の太陽みたいな、独特の紅。
しかも、生まれつき(実は、家を出た理由もここに起因する)。
俺の両親はそれなりに社会的地位のある旧家出身で、世間体を凄く気にする。
そんな2人にとって、こんな髪の色をした子どもは文字通り「忌み子」のような存在らしく、昔から冷たくあたられた。
本人たちに自覚は無いのかもしれないけど、どれだけ表面を取り繕ったって、本心はにじみ出る。
そして子どもってのは敏感なモンで、昔の俺も当然ながら敏感だった。
子どもが疎外感を感じながら過ごすというのは、決して気持ちの良いモンじゃない。
ずっとそんな中で育った俺は、実家から遠い高校を進学先に選ぶワケだ。
世間体を気にするだけあって、生活費は有り余るくらい出してくれるし……金だけは。
閑話休題。
暗い話はやめよう。考えるだけで、気分が暗くなる。
俺がラグを拾ったのは、去年のクリスマス・イヴ。
クリスマスらしい物が食べたくなって、材料を買い出しに出た帰りだった。
彼は、道の真ん中にうつ伏せに倒れていた。
そして、冬なのにかなりの薄着----ジーンズに薄いシャツを羽織っただけで、コートすら羽織っていなかった。
そんな格好で人が倒れているのに、誰も声すら掛けようとしない。
全く、雪まで降ってるのに。
「おい、生きてるか?」
声を掛けながら身体を揺すってみたけど、ほとんど反応らしい反応が無い……しかも、身体は冷え切っている。
――病院に連れてくべきか……でも俺、金無いしなぁ。
そんな風に逡巡した結果、俺は彼を自宅に連れ帰った。
毛布にくるんでベッドに寝せて、簡単なスープを作った。
体が弱ってそうだから、栄養があって、なおかつ飲みやすいもの……ということで、カボチャのポタージュ。
牛乳を多めに入れて、カルシウム補給も兼ねて、喉ごしを良くする。
「おーい、起きれー」
「ん……」
目を開けたものの、焦点が合ってない。
まぁ、さっきに比べれば格段の進歩か。
「これ飲め。もうちょっと温まるから」
トレイに乗せたスープ皿とスプーンを渡すと、勢いよく食べ始めた。
――ぬるめにしといて良かった……みたいだな。
「これこれ、がっつかんくても良いから。取らないし、まだあるし」
声を掛けても、気づかない。一心不乱に食べてる。
結構多めによそったのに、彼はあっという間に食べきった。
「もっと食べる……よな?」
光が戻った目で、こくこく頷く。
見つけた時に比べたら、だいぶ顔色も良くなったみたいだ。
「じゃ、ちょっと待っててな」
視線が痛い
じっと見られてる感じがする。
「ほれ、追加。まだ残ってる分も、全部飲んでも良いからな」
笑顔でこくこく。
「今更かもしれないけど……美味しいか?」
こくこく。
「落ち着いたら、ハナシしような?あぁ、寝てからでも良いよ。明日とか」
……ちょっと間をおいて、こくこく。
「ゆっくり食べなさいって。のど詰まらしたら大変よ」
ふるふる。
つーか、頷いたり首を振ったりする間も、ずっと食べてる……凄いな。
食べきったのを見計らって、食器をトレイごと片付けて、手招きで洗面所に呼ぶ。
「虫歯になったら困るから、歯磨こうな」
こくこく。
歯を磨いた後、ベッドに戻らせる。
まだ寒そうにしてるから、タオルケットでくるんで毛布・羽布団で保温、ついでに湯たんぽも渡す。
「あったかいだろ、それ。じゃ、ゆっくり寝なよ」
「?」
俺をじっと見て、首を傾げる。何が言いたいんだろう。
「……」
俺を指さして、更に首を傾げる。
――あぁ、俺の寝る場所か。
「ソファーあるから、俺は。気にしなくて良いよ」
ちょっと不思議そうにしながら、彼は布団にもぐった……納得したらしい。
「じゃ、電気消すよ。おやすみ」
10分も経たないうちに、寝息が聞こえてきた。彼は、よほど消耗していたのだろう。
――さぁ、俺も寝よう。
いつもどおり、6時に目が覚めた。
顔を洗って、今朝のメニューを考える。
「もうちょっと食べさせても大丈夫かな……さすがに、スープだけじゃ腹減ってるだろうし」
――それなりに消化が良くて、それなりに腹が膨れる物。
「んー……そうだ、パン粥にしよう」
くつくつと音を立てて煮える、ちょっと甘めのパン粥。
「んぁ」
「あ、起きたんか。ちょうど、朝飯できたよ。パン平気か?」
こくこく。
「食べたら、もうちょっと寝とけよ。昼過ぎくらいまで」
こくこく。
「まだちょっと熱いから、気をつけて食べれよー」
こくこく。
もくもくと食べる姿を、改めて眺めてみる。
食欲は旺盛。身長は160センチくらい、細身で華奢。
髪と目は黒で、色白。
中性的……というより無性的な感じ。
瓜実の顔に作りの整ったパーツがバランス良く配置されてる、「beautiful」じゃなくて「clean」の意味で奇麗な顔。
……なんて感嘆しつつ眺めている間に、皿が空になった。
「じゃ、もう少し寝なよ」
こくこく。
「おやすみ」
それにしても、彼は口数が少ない……話せない、というワケではなさそうだけど。
まぁ、後で名前と歳くらいは訊こう。
なんだか部屋が薄暗い……もう16時?
考え事をしていたら、どうやら寝てしまったらしい。
タオルケットがかかってるってことは……俺より先に一度、目を覚ましたんだな。
たぶん、俺が寝てるのを見て、また寝たんだろう。
――起きるまで、そっとしとくか。
この時間を使って買い物をしておいた方が良いかもしれない……と思い、メモを残して家を出た。
----何を食べようか……せっかくクリスマスなんだし、それっぽいもの食べたがるか?
混雑した店の中を歩きながら、メニューを考える。
人混みが鬱陶しい。
クリスマスなのに、なんだって人が多いんだろう……家にいてくれりゃあ良いのに。
なんて自分勝手なことを考えつつ歩いていると、足が肉の売り場に向いた。
というか、人の流れによる不可逆的な現象か。
――ベタに、鶏肉でも焼くか?そういえば消化も良いしなぁ、鶏肉って。
ということで、鶏肉に決定。
食べやすさから考えて、もも肉。
そういえば昔、ケンタッキーのもも部分争奪戦が繰り広げられてたって聞いたことがある……俺に、そんな経験は無いけど。
レジの長い列に並んで会計を済ませて、足早に店を出る。
もしかしたら、もう起きてるかもしれない。
網を出して鶏肉を焼いて、その横でコーンポタージュを作る。
ホールコーンから作る、出来合いじゃない、本格的なコーンポタージュ。
せっせと作業する俺を、彼は横に立って興味深げに見ている。
ちょっと暇そうなので、話し掛けてみる。
「名前は?俺は、柏野晶って名前」
「……ラグ。」
「ラグ?」
「ラグナロク・ユール」
「黄昏のクリスマスか。綺麗な名前だなぁ……歳は?」
「14」
「俺より、5歳も下か」
髪も目も真っ黒なのに、名前は洋風?
でも、それが不思議と似合う雰囲気がある。
「ラグ、って呼んで良い?」
「うん」
「ラグから、俺に質問したいことはある?」
「どうして」
「ん?」
「どうして、髪が真っ赤なの」
「生まれつき、この色なんだよ。気持ち悪い?」
「そんなことない。太陽みたいで綺麗だと思う」
「ありがと」
拒絶の言葉が出ないのは、俺にとっては嬉しい……散々からかわれた経験があるから、尚更。
「なんで、この家には誰も居ないの」
「はい?」
「クリスマスでしょ?お父さんとお母さんは?」
「別々に暮らしてるから。正月くらいは実家に帰るけど、今日は帰らない」
「寂しくないの」
「……慣れたよ。それに、今年は一人じゃない。ラグがいる」
「うん」
照れたのか、ラグはリビングに戻っていった。
「出来たよー」
声を掛けながら、盛りつけた皿をウェイター風に運んでいくと、ラグは笑った。
照れ笑いなんかじゃなくて、きっとラグ自身が持っている笑い。
「食べたら、シャワー浴びような」
「うん」
ラグは元々無口なたちなんだろうけど、食べる時は更に無口になる。
大人びた表情を見せる割に、そんな子どもっぽい所が多い。
――弟がいたら、こんな感じだったんだろうか。
ちょっとしんみりしつつ、俺も食事に集中する。
ラグは食べるのが早いから、気を抜くと、俺の分まで消えてしまう。
一時間も経たないうちに完食した後、ラグにシャワーを浴びさせる。
着替えは俺の服。結構大きいけど……まぁ良いだろ。
そして、その間に部屋を暗くする。
冷やしておいた小さなケーキを出して、テーブルにのせた。
ちょっと違う気もするけど、ロウソクも立てておく。
シャンメリーとシャンパングラスも用意する。
浴室のドアが開いた音を合図に、ロウソクに火をつけた。
ぺたぺたという足音の後。
「うぁ、暗い……でも綺麗だ、ロウソク」
「おいで、ケーキ食べよう」
「うん」
嬉しそうに笑って頷いて、ラグは駆け寄ってきた。
小さいケーキを切り分けて皿にのせて、俺の分のイチゴを更にのせる。
シャンメリーを開けてグラスに注いで、準備完了。
「「メリークリスマス」」
2人で笑いながら言って、甘いケーキを食べる。
――こんなに楽しいクリスマスは、初めてかもしれない。
次の朝、目を覚ますと、ラグはいなかった。
「ラグ……どこ行ったんだよ、ラグ!」
押し入れ、浴室、ベッドの中、クローゼット。
家中のどこを探しても、ラグはいなかった。
ラグが存在していたことをを教えてくれるのは、昨日のケーキを食べた皿と……見つけた時にラグが着ていた服、だけだった。
俺は泣いていた。
視界がぼやけたことにも気づかずに探し回って、どこにも居ないことが分かって、床にへたり込んだ時。
ぱた、ぱた……と音を立てて、床に雫が落ちていくのに気づいた。
そう。
俺は、泣いていた。
comment
≫ちょっと悲しい、クリスマスの話。
自己満ばっかりで、意味不明な部分が多いかもしれない……ごめんなさい。
即席ってことで、勘弁して下さい。