『習作〜春〜』
桜の花が美しく咲くのは、根元に死体が……云々。
この話を耳にする度に、私は思っていた。
非理論的だ、と。
桜の名所へ行って、全ての木の根元を掘り返したら、死体が出たのか?
有り得ない。
少なくとも、そんな噂を一度も耳にしたことがないのは事実だ。
まるで莫迦らしい、戯言だ。
春。
私には、妙な(自覚はないが、そう言われるような)習慣がある。
夜中、皆が寝静まった頃に家を抜け出し、散歩に繰り出すのだ。
季節は問わないが、春・秋は長く、夏・冬は短くなる。
特に、春の散歩は長い。
夜桜に見惚れて2時間も呆けて、挙げ句、風邪を引いてしまうほど。
この思考と習慣による、偶発的なモノだったのか。
それとも。
信仰の対象になっている神仏による、必然的なモノだったのか。
「あー……寒っ……」
独り言を口にしながら自販機へ行って、ミルクティーとコーヒーを買って、指定席へ。
指定席----この公園で、桜が最も良く見える位置。
古くなって錆びたボルトに支えられた木のベンチがあって、一応、座れる。
歩き慣れた道に、見慣れない影が落ちていた。
そして。
その影の持ち主は、私と同年代と思われる少年だった。
その少年が美形で……なんてcheapな展開が待っているはずもなく。
それどころか、実体なのかどうかすら判別出来ないくらい、印象が薄い。
足音に気づいたのか、彼は私の方を振り向き、私と目が合った。
無言で視線を合わせたまま、という気まずい状態を打破したのは、私だった。
「隣……座っても良いですか?」
「あ、どうぞ。俺の持ち物じゃなくて、公共物だし」
言葉を交わして初めて、彼が実在しているのだという実感が湧いた。
必要のない許可(と言っても、返却する意味もない)を得てベンチに座ると、また視線が合った。
「……コーヒー、飲みます?」
「え……良いんですか、俺が飲んでも?」
「良くなかったら言いませんよ、普通。つーか、冷めますけど?」
「じゃ、有難く」
そんな取り留めのない会話をしていると、時間は驚くほど早く進んでいった。
「明日も来る?」
「雨じゃなければ……来ますね」
「んじゃ、明日は俺が飲み物の準備してきます」
「え……!?」
「ま、そういうことで。そして貴方は、早く帰らないといけないんじゃ?」
「あー……じゃ、また後日」
翌日。
彼は温かいミルクティーの入った魔法瓶と、緑茶のペットボトルを持っていた。
前日同様、取り留めのない会話をしている間に、時計の針は容赦なく進む。
収穫、といえば彼の名前――「結ぶ」と書いて『ゆう』と読む――くらいか。
そんな夜会が半月ほど続いて、桜の大部分が散った頃。
別離は、急だった。
「あのさ……」
「何?」
「明日、あの桜の木の根元、掘り起こしてくれないかな」
「随分と突然な……理由、訊いても良い類の話?」
「約束してくれたら、全部、話す」
「良いよ、掘る。その代わり、質問にも答えてもらうよ?」
「ん」
翌日の夜。
私はスコップを持ち、件の桜の根元に向かった。
スコップは重いので、特技の鍵開けを生かして、管理事務所から拝借した。
最初はさくさくと慎重に掘っていたものの、次第に乱雑になっていく。
ざくざく、ざく、ざくざくざく、ざくざく。
一時間ほど、経った頃か。
硬い音がした。
慎重さを取り戻した私は、ゆっくりとその音の周辺を探ってみた。
出てきたのは、小さな骨だった。
昔から、この辺り一帯はペットを埋葬する場所だったこと。
宅地造成で、件の桜周辺以外は滅茶苦茶にされてしまったこと。
そして。
彼がヒトでなく、ペット自身でもなく。
桜であったこと。
すんなりと納得できてしまったのは、言葉を交わす前の印象があったからかもしれない。
私が根元を掘り起こして以来、彼には逢っていない。
毎日、毎日。
緑茶のペットボトルとミルクティーを持って、待っていても。
――逢えなかった。
comment
≫微かに恋愛小説の匂いが……しないコトもない……かなぁ。
初挑戦ですよ、恋愛系。