『のりおくれた天使』
真っ青な空の上に広がる、ふあふあした綿のような雲の上。
そこでは、神様と天使が一緒に暮らしています。
今日は、とある天使の誕生日です。
他の天使と内緒で計画を立てた神様は、その天使に頼みごとをしました。
「あっちの外れに住んでいる私の弟に、この手紙を届けてきてくれないかな」
疑うことを知らない天使は、快く引き受けました。
その天使に、神様は言いました。
「弟の所まで送ってあげることはできるのだけど、迎えに行ってあげることは出来ないんだ」
パーティーの準備をするのですから、当然です。
「だから、帰りは電車に乗って帰ってきてくれるかい?」
にこにこして、天使は頷きます。
「でも、ひとつだけ気をつけて欲しいことがあるんだ」
神様は、ちょっと怖い顔をして言いました。
「あの電車は、一日に一本しか通らないんだ。
だから、乗り遅れないように、よく注意しておくんだよ」
真剣な顔をして頷いた天使は、手紙を持って出かけました。
神様の弟に手紙を届けた天使は、時計を見ました。
電車が来るまでに、まだ少し時間があります。
待っていようか悩んでいると、甘くておいしそうな、とてもいいにおいがしてきました。
どうやら、それは天使の大好きなチョコレートのにおい。
我慢できなくなった天使は、そっちの方角へ、ぱたぱたと飛んでいきました。
チョコレートをもらった天使は、嬉しくて仕方がありませんでした。
電車の時間になっているのにも、全然気付きません。
にこにこしながらチョコレートを食べていると、遠くで電車が出発する音がしました。
チョコレートを食べ終わった天使は、時計を見て驚きました。
電車の時間から、もう一時間も経っていたのです。
すると、チョコレートをくれたおじいさんが、困っている天使を見て、にんまり笑いました。
実は、このおじいさんは悪い魔法使いだったのです。
とうとう泣き出してしまった天使を見て、おじいさんは言いました。
「私が、君の家まで送ってあげようか?」
天使が、泣くのを止めて見上げます。
「でも、ただで送ってあげるわけにはいかないなぁ」
首をかしげた天使を見て、おじいさんは言いました。
「君の、その綺麗な声と色をくれたら、送ってあげてもいいよ」
天使は、びっくりした顔でおじいさんを見ています。
なぜなら天使は、おじいさんの前では一言も喋っていなかったからでした。
でも、神様に頼まれたことを終わらせるには、おじいさんに頼むしかありません。
天使は、小さく頷きました。
すると、おじいさんは小さな声で呪文を呟きました。
天使は声が出なくなりました。
綺麗な金色だった髪と真っ白だった翼は黒く、真っ青だった瞳は赤くなりました。
「目を閉じて」
おじいさんの言うとおりにすると、天使の姿は霧のように消えていきました。
部屋に入ってきた天使を見て、神様は驚きました。
そして、悲しそうな顔をして問いかけました。
「電車に乗り遅れてしまったのかい?」
声をなくした天使は、小さく頷きます。
「声も、出なくなってしまったのかい?」
また、天使は頷きます。
神様は少し考えて、言いました。
「もう一度、私の弟の方角へ行く勇気はあるかい?」
怒られると思っていた天使は、神様の言葉に驚きました。
それでも天使は、赤い目を神様に向けて、小さく頷きます。
「じゃあ、自分の力で取り戻しにいっておいで」
真剣な顔で、神様は言いました。
「君には、まだ魔法の力が少しだけ、残っている……無くなったのは、声だけなのだから。
それを上手く使えば、必ず取り戻せるよ」
天使は、神様の言葉を信じて、もう一度出かけました。
ぱたぱたと飛んでいると、道に倒れている犬がいました。
息が荒く、とても苦しそうです。
『どうしたの?』
天使は、地面に字を書いて、犬に訊きました。
「喉が渇いて、息をするのも大変なんだ」
はあはあと苦しそうな犬を見て、天使は魔法で水を呼びました。
声が出ないので、ほんの少ししか魔法は使えません。
それでも、天使は頑張って水を呼びました。
ちょっとずつ集まってきた水を、天使は犬に飲ませてあげました。
そして、犬が起き上がれるようになるまで、ずっと傍にいて、撫でてあげました。
「ありがとう、天使さん」
天使は、犬の言葉に驚きました。
赤い目をして、髪も翼も真っ黒な自分を、天使だと呼んだからです。
起き上がった犬は、ふるふると身体をゆすりました。
すると、影の中に体が溶け込んでいきます。
全身が溶けたと思った次の瞬間、そこには背の高い人間が立っていました。
紺色の髪を長く伸ばして、杖を持っている、魔法使いでした。
「助けてくれてありがとう。
そして、驚かせてしまって、ごめんなさい」
くすくすと笑いながら、魔法使いは言いました。
そして、今度は真剣な顔で言いました。
「君も、あの年寄り魔法使いにやられたんだろう?」
大きく頷いた天使を見て、魔法使いは言いました。
「じゃあ、僕が手助けしてあげよう。
手を出してごらん」
天使がおそるおそる手を出すと、魔法使いは筆を取り出しました。
筆と言っても、魔法使いの髪の毛を3本くらい束ねて作った、とても細い筆です。
そして魔法使いは、人差し指と中指と薬指の爪に、小さな魔方陣を書きました。
「人差し指は、雷の魔法が使える。
中指は、光の魔法。
薬指は、移動の魔法だよ」
簡単に説明すると、次は使い方を教えてくれました。
「雷の魔法でしびれさせて、光の魔法で消滅させてしまうんだよ。
移動の魔法は、家に帰るときに使うといい」
天使は、元気よく頷きました。
「じゃあ、あの年寄り魔法使いの所まで送ってあげるよ」
杖にはまった石を天使に向けて、呪文を呟いた後、魔法使いは小さく言いました。
「頑張って」
年寄り魔法使いは、笑っていました。
水晶の中に閉じ込めてある、天使から奪った色を、鏡の中の自分につけてみたのです。
「はは、思いのほか似合っているじゃないか?」
次は、他の水晶に閉じ込めてある声を使ってみました。
「ふふふ、なんて綺麗な声だろうなぁ?」
まるで誰かに訊いているようですが、そこにいるのは一人だけ。
「ふふふ、ははははは‥‥‥」
そんな年寄り魔法使いの前に、あの天使が突然出てきました。
「君は、何をしに来たんだい?」
年寄り魔法使いは、にんまり笑って言いました。
「自分で良いと言ったのに、取り返しに来たのかい?」
天使は、頷きました。
「まぁ、やれるものならやってごらん」
そう言うと、年寄り魔法使いは杖を向けて、呪文を呟きました。
とても強い魔物を召喚する呪文ですが、かなり長い呪文です。
天使は、人差し指を向けて、心の中で呪文を呟きました。
(雷撃!)
すると、大きな雷が落ちて、建物全体を地震のように揺らしました。
雷に直撃された年寄り魔法使いは、思わず杖を落としました。
しびれてしまって、身体も動きません。
その間に、天使は中指を向けて呪文を呟きます。
(浄化!)
「うわあああぁぁぁ‥‥‥」
とても明るい、それでも眩しくない、不思議な光。
そんな光を浴びて、年寄り魔法使いは消えてしまいました。
すると、魔法で水晶に閉じ込められていた色と声が、天使に戻ってきました。
鏡に映った自分を見て、天使は嬉しそうに笑うと、薬指を見つめて呟きました。
今度は心の中ではなく、戻ってきた声で。
「帰還!」
帰ってきた天使を見て、仲間の天使と神様は、とても喜びました。
そして、ちょっと遅くなったパーティーをしました。
パーティーの中で、あの天使は言いました。
「ただいま、みんな。
神様、魔法使いさん、ありがとう」
その頃、紺色の髪の魔法使いは、遠いどこかでくしゃみをしていました。
comment
≫教育心理学の授業で提出したブックレポートの一部で、詩の読解の実践です。
『のりおくれた天使』というのは、その題材となっている詩のタイトルです。
童話風に仕上げてみました。