『クラーキリア顛末記』




 僕の名前は、キースという。

 でも、それは通称というか、あだ名みたいなものだったりする。
 正式に登録されている名前は、キースクリッド・リディフィールド・クラーキリア。
 一応、クラーキリア国の王族に名を連ねる人間で。
 正確に言うなら、一応は王位継承者でもあるし、国から認定された1級魔法使いでもある。


 ここから先は、そんな僕の体験談だ。



「リディ、薬草が足りなくなりそうだから採ってきて」


 自分で課題を出しておきながら、そんな理不尽な要求を突きつけた人間。
 僕の師、カース・ブラウザ・マナーズだ。
 もうすぐ地面に届きそうな白銀の髪と、夕暮れの空のように薄い菫色の瞳を持つ麗人として有名。
 しかも、長く伸ばした髪で左の瞳を隠しているから、余計にミステリアスに見えるらしい。
 隠している方の瞳は、赤みの強い橙色をしている。
 そんな優雅な見た目と物腰をしているけど、正確は横暴かつ短気で喧嘩っ早い。
 売られた喧嘩は買う主義で、相手を瀕死に追い込んだことも少なくない。

「リディ、聞いてんの?
 お前の耳は、単なる飾りなのか?」
「分かりました、行きます!」

 おちおち、考え事も出来やしない……



 籠に山のように摘んだ薬草を見て、カースは嫌な顔をした。

「嫌がらせか?」
「嫌がらせされるような心当たりでもあるんですか?」

言い返すと、苦い顔をして僕を部屋から追い出す。

――してやったり、だ。

 あれだけの量があれば、そうそう簡単には足りなくなることはない。
  つまり、課題の邪魔をされることもない。
 理不尽なことを言いつけるくせに、課題が終わっていないと散々罵倒するのがカースだ。

「さて、やるか‥‥‥」

 薬草と同じくらい積まれた課題を見て、僕は思わずため息を吐いた。



 あの後2日かけて仕上げた課題を、カースはろくに見もせずに放り投げた。

「な、なんてことす‥‥‥」
「今すぐ、お前は国に戻れ」

 文句を言おうとした僕をさえぎって、カースは言った。

「お前の父親が、危篤状態に陥ったそうだ」
「父上、が?」
「伝書鳥じゃなくて魔法便で知らせるくらいだから、かなり差し迫った状況なんだろ」

 確かに、魔法便を使うというのは一大事だ。
 この国では、基本的に鳥に書類を託して運ばせるのが一般的なのだから。

「それで、だ」

 珍しく真剣な顔をして、カースが言う。

「お前に、杖を渡す」
「はぁ‥‥‥?」

 僕はまだ、杖が設計されていることすら知らなかった。
 魔法使いの杖というのは、師匠が弟子のために長い月日をかけて創り上げるものなのだ。
 基礎材の木、中に通す金属の配合率、一番上に取り付ける石の種類と大きさまで、使う人間の能力を考えて決めなければならない。

「いつの間に、そんなものを?」
「基礎が出来上がったのが‥‥‥ちょうど3年前、だな」
 
 3年前というと、ちょうど僕がカースに弟子入りした頃だ。
 つまり、その頃から既に僕の能力は把握されていたということになる。

「性格が悪いだけじゃなかったんですね、師匠って」
「無駄口叩いてるヒマがあったら、とっとと行け!」

 僕は、荷物と一緒に蹴りだされた。



  布にくるまれた杖には、設計図も描いてあった。
 基礎材は紫檀。
  芯にしてある金属は金・銀・白金の比率を7段階に変えてあって、石は黒蛋白石。

 (ずっと後になって知ったことだけれど、この杖は強化できるようになっていた)

 路銀は、あまり高くない宿に泊まるのなら充分すぎるくらいあった。
 水は魔法で呼べないこともないけれど、ちゃんと用意してあった。
 食べ物も、干し肉や干し果物が入っていて、日持ちするようになっていた。
 こんなものを常備しているようには見えなかったので、ちょっと師匠を見直した。



 僕が祖国に着いたのは、カースの元を出てから1週間後だった。

 王宮に顔を出すと、すぐに母の元へと通された。
 僕と同じ色を持つ、静謐な湖とも称される瞳には、いつもの輝きはない。

 「おかえりなさい、キース」
 「遅くなって申し訳ありませんでした、母上」

 簡単に挨拶を交わすと、父上の遺体が安置されている部屋に案内された。
 魔法で温度を保った部屋の中に、氷の棺が置かれている。
 血の気が失せた白い肌に、銅色の髪がかかっている。
 部屋を管理する役目を負った魔法使いの許可を取り、冷たい棺を開ける。

「父上‥‥‥」

 言葉が出ない。
 かと言って、臣下の前で涙を流すわけにもいかない。
 結局、母上の肩を抱いて、部屋を後にした。



 僕を待ち受けていたのは、悲しみに浸る間すら与えられない、醜い争いだった。
“いったい、誰が王位を継承するのか?”という、ひどく現実的な問題。
 本来なら、長子である僕が継ぐべきであるのは事実だ。
 そして、そのことを強く主張する重臣も少なくなかった。
 でも、僕は魔法使いという特殊な立場にあって、正式に認定されれば王族から外れる。
 そのことを根拠に、僕の従姉を推す重臣もいた。

 ――3日後に控えた国葬までに、次の継承者を決めなければならない。

 争いが始まってから、僕の周囲の空気は張り詰めていた。
 食事には毒が混ぜられ、届けられる品物には呪符が貼り付けてあり、手紙にはカミソリが同封されている有様。
 もっとあからさまに、動物の惨たらしい死体が送られてきたりもした。

 そんな中、珍しく普通の手紙が届いた。
 中身は、従姉からの呼び出し状。

『月が一番高くなる頃、私の領地の時計塔で待つ』

 僕の継承権を主張する重臣たちは、絶対に行くべきではないと言い張った。

「罠に決まっています」
「危険ですから、お止め下さい」

 それでも僕は、行くことにした。
 正直、この問題(というか重臣たち)に振り回されるのにうんざりしていたのだ。
 それでもしつこく言いつのる彼らに、僕は言い放った。

「これで向こうの黒幕が分かるんだから、それで良いだろう!」

 咄嗟に言い返せなかった彼らは、僕が出かけるのを渋々ながら認めた。



 指定された場所、指定された時間。
 1つの影がひっそりと、そこにいた。
 背丈から推測するに、僕の従姉ではない。
 おそらく、刺客というやつだ。
 僕の足音を聞きつけた相手が、こちらを見る。

「キースクリッド王子、ですね」

 逆光で見えなかった相手の顔が、振り返った拍子に見えた。
 そこにいたのは、父上の棺が安置された部屋を守っていた魔法使いだった。

「貴方が邪魔なのですよ‥‥‥消えて頂きます」

 そう言うなり、杖の石を僕に向けて、呪文の詠唱を始めた。
 僕も、杖を握って身構える。
 相手の詠唱を聞いていて、ふと気付いた。
 詠唱の速さが、おそらく僕よりも遅い。
 カースが聞いたら、鼻で笑い飛ばすような速さだ。

「これでも、あのカースの弟子なんだけどなぁ‥‥‥」

 莫迦にされている気がして、対抗心が沸く。
 こんなやつに負けたら、自分だけじゃなくて、カースの名前にまで泥を塗る羽目になる。
 そう思うと、反射的に呪文を唱え始めていた。

 結局、魔法戦は僕の勝ちだった。
 そして、相手の黒幕の名前も、魔法使いから訊き出した。



  翌日の、国葬の最後。
 元王妃となった母上の後、僕が話す番。
 前の晩に母上と話し合って決めたことを、僕の口から国民に伝えた。

「僕は、2年後に正式に魔法使いとしての認定を受ける。
 つまり僕は、王族から除籍されるということだ。
 そんな僕が、国王になってしまうのは良くないと思っている。
 たった2年で王が入れ代わるという慌しい事態は、この国にとっても喜ばしい事態ではない筈だ。
 よって、王位は僕の従姉である、ローゼス・ジェムナ・クラーキリアに継承してもらうこととする!」

 僕の宣言とともに、ローゼスが歩みだす。
 母上が、ローゼスの頭に王冠をのせる。
 その瞬間、爆発的な歓声が巻き起こり、継承式典をかねた国葬は終わった。



 そして僕は、カースの下で更に2年間の指導を受け、現在に至る。




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 ≫『のりおくれた天使』と同じく、教育心理学の課題で作った短編。
   野梨原花南先生の『ちょー』シリーズに似てます……というか、似せて作りました。